2017年10月27日

「不滅の男」遠藤賢司さん死す、がん闘病中も曲作りやライブ続行♪

遠藤賢司さんがなくなられました、胃がん、70歳、まだまだ若い、

Endo遠藤賢司kai

でも、70歳くらいが境目なのかな、この辺りから人生の最終章に入って行くのかな、、、



遠藤賢司さんのライブ、東京に転勤するまでは聴いたことなかったです、


2005年1月に東京転勤、

仕事にも慣れてきたら、そろそろとライブでも行くかな、とか思っていたら、


吉祥寺の「いせや」にも行かなきゃね、とか思っていたら、




その年の4月に高田渡さんが亡くなられました、56歳、、、

もうとっくに渡さんの齢も追い越しているのか、、、



そして、2005年12月に赤坂の『草月ホール』でFFA「フォークデイズ」なるライブに参戦、

仕事を終えて、急いで駆け付けた記憶があります、

こん時はまだ働いていたんだね~(そりゃそうだ)、




お目当てはホストの坂崎さん、

出演は小室等、斉藤哲夫、再結成の「猫」、尾崎亜美と小原礼、伊勢正三、そして遠藤賢司さんも出演されていました




この時が初めて拝見した遠藤賢司さんのステージでした、


いや、びっくりしました、迫力ありました、弦切れてました、




その後はいろんなライブで何度も拝見しています、最後はいつだろう?TVで見たのかな?

今年に入ってもライブ活動されていたんとちゃうかな?


10月の大阪公演を急遽中止にして治療されていたそうです、急ですね、、、

哀悼




SANSUPO.COMから転載

「不滅の男」遠藤賢司さん死す、がん闘病中も曲作りやライブ続行

「カレーライス」などのヒット曲で知られ、24日から昏睡状態に陥っていたシンガー・ソングライター、遠藤賢司(えんどう・けんじ)さんが25日早朝、胃がんのため東京・新宿区の病院で死去した。70歳だった。

“エンケン”の愛称で親しまれ、1960年代から70年代初めのフォークソングブームをけん引。昨年6月にがん闘病を公表後も亡くなる直前まで音楽活動を続け、最期までアーティスト魂を貫いた。

昏睡状態に陥ってからわずか一夜で反骨の個性派シンガーが力尽きた。

所属事務所はこの日、公式サイトで遠藤さんの死を発表。死因は胃がんで「新曲のレコーディングに向け体調を整えていましたが、23日に入院となり、24日に容体が急変し、25日早朝、都内の病院で亡くなりました」と報告した。葬儀は本人の意向で家族のみで行い、年明けに音楽葬を開く予定という。

遠藤さんは膵臓がんも患い、大阪市内で19日に開く予定だったライブを体調不良で中止すると5日に発表したばかり。24日に昏睡状態に陥り、マネジャーも務める妻が「今夜は越せないかもしれない」と周囲に連絡していた矢先だった。

昨年3月にがんが発見され、入退院を繰り返し、同6月にがんを公表。その後も闘病生活と並行し、曲作りやライブを続行してきた。今年1月13日の70歳の誕生日には、歌もギターも入れない全編ピアノのみのアルバム「けんちゃんのピアノ画(スケッチ)」を発売。5月13日には南こうせつ(68)主催のライブで歌い、元気な姿でファンを喜ばせた。

音楽の道に入ったきっかけは、大学浪人中の1965年。ボブ・ディラン(76)の「ライク・ア・ローリング・ストーン」に感動したことだった。69年2月に「ほんとだよ/猫が眠ってる」でレコードデビューし、関西で活動を始めた。

しかし、ベトナム反戦など民衆運動と連なる関西フォークに違和感を覚え、「1人1人の個人が歌うことこそが民主主義を支える」がモットーに。72年に日常の風景と作家、三島由紀夫の割腹自殺を重ねて歌ったフォークソング「カレーライス」が大ヒットした。

遠藤さんと親交があった東京・大田区のライブハウス「グッドストックトーキョー」の経営者はこの日、サンケイスポーツの取材に「彼は日ごろ『俺はがんだけど、不滅の男だから』と言っていた。音楽に対する情熱は人一倍で、ライブの後も常に反省を欠かさなかった」と不屈の音楽魂を偲んだ。

(転載ここまで)




【参考記述】

FFA【フォークデイズ】スペシャル~第50章~
 ~祝50回記念コンサート~
日時:2005年12月7日(水)
開場:18:00 開演18:30
会場:草月ホール
東京都港区赤坂7-2-21

出演: 小室 等 伊勢正三 尾崎亜美 猫 斉藤哲夫 遠藤賢司
レギュラーナビゲーター: 坂崎幸之助





syougai1pon at 05:30│Comments(0)日記 

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